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7月 22

埼玉政経セミナー 5.25特別講座報告

PDFファイル⇒埼玉政経セミナー特別講座報告

「人生百年時代の税金!?」これからの社会保障と市民の役割を論議―埼玉政経セミナーの講座を開催―

埼玉政経セミナーが主催する、第6回連続講座市民シンポジウム「人生百年時代の税金!?」が7月19日(金)午後7時から、越谷市市民活動支援センターで開催されました。
 講師の野口裕子越谷市財政課長から「越谷市の財政の基本知識」と高端正幸埼玉大学准教授から「支え合わない国?私たちの税と社会保障」についてそれぞれ講演が行われました。
 8年間に渡る埼玉政経セミナーの特別講座の開催の中で、初めて越谷市の後援を取りつけたことから、市内13地区の地区センターや老健施設等にも案内チラシが配布されるなど、市役所内での認知や更なる市民への呼びかけが広がりました。
 また、講座に先立ち7月2日午後7時から、せんげん台駅西口で政経セミナーの会員7人が集まりそれぞれマイクを握り、案内チラシの配布等の宣伝活動も実行されました。
 当日の講座では、司会は吉田理子さんが担当し、白川秀嗣代表のあいさつから野口課長の話がありました。
 まず、予算に関して歳入、歳出は同額で市長から提案され、議会の議決で成立すること。また予算には一般会計と特別会計と企業会計の3つで構成されていること。歳入に関して市税は景気の影響を受けやすく、今後は人口減少時代なので大きな伸びを期待する事は出来ないこと。歳入に関して国と違って借金は大きな工事をすることに限られる通常債と、国の都合で市が代わりに借金をする特例債があり、特例債は市の権限では決定することは出来ない事。しかも通常債は年々減少してきているものの、特例債は大きく増加の傾向にある事。歳出の50%近くを民生費が占めており、更に今後伸びが予想される事や性質で分類される義務的経費(扶助費、人件費、公債費)も歳出の50%を超え、これも増加して行く事などが分かりやすく説明されました。
 その後高端先生から問題提起がありました。
 まず、日本人は主要国の中で税負担はかなり軽い方にも拘わらず、重く感じている非常に強い「嫌税感」を持っている。人が生きて行くさいに生じる必要と欲求に関して、「必要」は生存と人間的な生活のため必ず要するモノ・コトで、財政が満たすもの。一方「欲望」は必要を超えて欲しいモノ・コトを欲しい人が自力で自由に買う事で、市場がこれを満たす。近年着実に増えて来た「皆でまかなうも」の、半分は社会保障や福祉となり更に拡大している。国際比較研究所の調査によれば、
①自分の生存・生活のための必要を満たす事は?
②病気の人に必要な医療を施すことは?
③高齢者がそれなりの生活を維持出来る様にする事は?
④家を持たない人にそれなりの住居を提供する事は?
⑤収入の少ない家庭の大学生に経済的な援助を与える事は?
の質問の何れについても日本人は「自分の稼ぎや家族の助け合いで何とかする」という選択が多く、政府の責任であるという回答は最低を示した。
更に教育は無償であるべきだ、無条件に基礎的所得を補償すべきだ、との問いにも最低の回答となっている。つまり日本の社会は自己責任要求が強く、そのため、失業、子育て、障害、住宅などは極端に自己責任に任されている。
この自己責任主義に根差した社会保障政策の悪循環が、市民の強固な自己責任意識を生み出している。
 自己の稼ぎと家族の自助に過度に依存する経済成長依存、自己責任主義の戦後の日本生活モデルが限界に達し、貧困問題の深刻化つまり貧困リスクの高まりによって中間層を含めた広範な生活安定度の低下を生み出している。
これらの事から、負担をいかに分かち合うのかが課題となる。特に消費税増税に典型的だが、所得税の負担は、それなりの累進課税となっているものの、社会保険料負担は所得の高低とは関係なく、一律20%前後となっている。
市民負担における税と社会保険料の双方を対象として論議して行く事が極端に不足している。よく富裕層を狙い撃ちした財源確保が主張されるが、課税してもせいぜい5兆円程度しか確保出来ない現実がある。これは現行路線維持でも2040年には約68兆円が必要となり、その財源は45兆円で、差し引き23兆円もの財源不足を生じることになる。
 つまり、広く負担を分かち合わねば、自己責任社会からの脱却はない、皆が支えられるために、皆で負担することを原則とすべきだ。
 纏めとして、急速な経済発展に任せて「頼り合わなくてもやっていける人」を増して行く経済成長依存の自己責任社会は完全に行き詰った。
そのため社会を維持していくには、人間と人間が「必要を満たしあう関係」つまり共同性の基本を問い直す必要がある。税は軽いが自分の稼ぎだけで基礎的なニーズまでも満たさざるを得ない社会から、税は増えるが、基礎的なニーズは誰もが必ず満たされる社会への転換が強く求められている、との結びとなりました。
これに対して会場に参加した市民からは、市民税の増税は地方自治体で出来るのか、また前例はあるのか、との質問があり、野口課長から市民税は、全国的に標準税率を適用しており、増税は過去にはない、との答弁がありました。
また、税を公平に負担していくのは、市民はどうして行けばいいのか、との質問には高端先生から、政府も自治体も殆ど同じ取組が必要だが、例えば地方自治体レベルで子育てや介護など、まずはひとつ取り組むことを決めて、その財源を満たしていくために負担を増やす。それをいきなり住民に負担を強いたら受け入れることは難しいが、いま自分たちが住んでいる地域の財政はどうなっているのか、財政課の方々や住民の方たちが熟慮しながら、自分たちの地域を盛り上げていく、そういう「地方の民主主義」が機能していくようにすればとても良いとの、話がありました。
最後に白川代表から、高端先生の話で印象に残ったのは、第1に必要なものを満たすために税金があり、欲望を満たすために市場がある、とのことだが小泉政権以来、新自由主義の路線が徹底されており、それは市場の原理に公的サービスを任せることである。だから今まで公的な部分が次々と後退していった。
第2に「自己責任」による分断と不信がますます広がっているが、政治がこれを促進してきており、今回の参議院選挙でも対立だけを煽り、自己の優位性だけを強調する政党や選挙となっている。第3に税金を納入することで、市民がその有用感を受け取るようにして行く事が大切との話は、選挙での公約や政策でも同じことで、一票を投じることで生活や暮らしぶりが変化出来る様にすることが必要。そのためには日常的な地域や自治の現場での地域の困りごとを取り上げ、市民で論議し、運動化して行く市民が当事者としての小さな成功体験を無数に作りだして行くことを皆さんで一緒に作って行きましょう、とあいさつし終了となりました。
その後、駅前の居酒屋で反省会が開催され、高端先生を始め参加者10人で講演の感想や具体的な地域の運動をどう作り出して行くのか、参議院選挙の投票判断など遅くまで論議が尽きませんでした。

                               以上